2009年12月19日土曜日

攻撃するということ

攻撃して相手を自分のその日の食料にすることは 動物の世界の常です。

人が他者を攻撃するときは アドラー心理学で言えば 自分の方が上・強い・正しいと
主張していることになります。
最近身近に起きたいくつかの出来事から「自分の立場を守るために相手を攻撃する。」
というのも 別の分類としてあってもよいのではないかと思いました。

日本の会社と取引をしているカナダの会社でつう訳をしている人の話もそうでした。
日本の会社の担当者の英語があいまいであったり 自分の解釈でするため
注文の数に誤差が生じ 解決するために友人はつう訳として雇われました。
(すみません、つう訳のつうの字が漢字として表示されません。)

内容を説明するために 両者のやり取りを見た友人は
日本の担当者の英語があいまいで分かりにくい、と感じたそうです。
その担当者と日本語でやり取りすると 日本語でも分かりにくく、
内容を問い合わせなければならなかったそうです。
しかしその担当者はカナダの会社に 
「お互いに英語でやり取りすれば分かることだ。あのような正しい日本語を使えない通訳を使うなど 無駄な費用だ。」
と伝えてきたとのことです。
ところが通訳には長々とメールや手紙を送ってきたそうです。
カナダの担当者にその内容を伝えた後、その内容の英文を日本の会社に送るように さらには、所属、電話番号を連絡するようにとのメールを受け取ったそうです。

友人はその日本の担当者のメールにとても腹が立ったと言っています。
同じ日本人として 両者の役に立ちたい、と誠意を持って対応しているにも関わらず その担当者はカナダの会社に同じ日本人を侮蔑する内容のメールを送っているのです。
「腹が立った。」
という感情が 相手の行動の目的を知るヒントになります。

「どうしたらいい?」
と友人が聞くので
「どうしたいの?選択するのはあなただと思う。」
と答えました。
そうです。
いつでも私たちは 選択肢を持っています。
攻撃する、という行動も 無意識にその人が選択しているのです。

その後 理由が分かったそうです。
日本の会社はカナダの会社からの注文の倍の数の製品を製作してしまったのだと。
担当者は自分の会社に対して 自分は正しいことを示す必要があり
たぶん気づかないうちに 誰に対しても攻撃的になっていたのだと。